著者:喜多 陽平 / Kita Yohei

業界別のGEO優先度を調べる作業をしていて、ふと手が止まった業界がありました。政府・行政機関です。

SaaSやECのように「競合に勝つためにGEOをやる」という説明は、行政には当てはまりません。市役所は隣町の市役所と顧客を奪い合っていません。では行政にとってGEOは何のためにあるのか。考えているうちに、そもそも自分がGEOを「マーケティング施策」だと決めつけていたことに気づきました。

SNAPカードをなくした人の話

Adobe for Businessのブログに、ある具体例が載っていました。フードスタンプ(SNAPベネフィットカード)をなくした市民が、ChatGPTに再発行の手順を聞く場面です。

もし自治体の情報がAIにとって読みにくい構造だったらどうなるか。AIは間違った手順を案内するかもしれません。別の州の手続きと混同するかもしれません。あるいは、混乱に付け込んで収益化している第三者サイトに、市民を誘導してしまうかもしれません。

この話を最初に読んだとき、私は反射的に「企業の事例」として処理していました。GEO対策を怠った企業が機会損失をする話、という文脈で。しかし読み返して、引っかかりました。この話に競合企業は登場しません。損をするのは、フードスタンプを頼りにしている、目の前の生活に困っている市民本人です。

「機会損失」と「実害」は違う

これまで私がGEOについて書いてきた文章は、ほぼすべて「機会損失」の話でした。AIに出ないと売上が伸びない。競合に取られる。ブランドの認知が広がらない。すべて企業側の損失の話です。

しかし行政のケースでは、損をするのは行政機関ではありません。窓口に無駄足を運ぶ市民。申請を誤って給付を受け損なう市民。存在する支援制度にたどり着けない市民です。同じ「AIに正しく引用されない」という現象が、企業では機会損失に、行政では実害になる。

この違いに気づいてから、GEOを一枚岩の「マーケティング施策」として語ってきた自分の説明の仕方が、急に雑に思えてきました。

GEOには2つの性質がある

整理すると、GEOには濃淡のある2つの性質が混ざっているように見えます。

GEOの2つの性質
性質 主な担い手 AIに出ないと起きること
競争優位のための施策 SaaS・EC・BtoBなど、競合が存在する民間企業 売上機会を競合に奪われる(機会損失)
情報アクセスを守るための責任 行政機関・公的医療情報・非営利団体など 必要な人が必要な情報にたどり着けない(実害)

この2つはきれいに分かれるわけではありません。多くの企業のGEOは前者に近く、行政は後者に近い。しかし医療情報を提供する病院や、消費者を保護する立場の団体などは、どちらの性質も帯びています。「GEO=マーケティング」という前提は、この後者の性質を持つ組織にとっては、そもそも的外れな説明なのかもしれません。

Genviewが「機会損失」の言葉で語ってきた理由

正直に言うと、Genview自身のコンテンツも「機会損失」の言葉で埋め尽くされています。競合に勝つ、選ばれる、売上を伸ばす。それは私たちの顧客が主に競争環境にいる民間企業だからで、間違った説明ではありません。

ただ、行政機関のGEOに関するAdobeの記事を読んで、自分が無意識に「GEOの価値=競争優位」という前提でしか物事を語れていなかったことに気づかされました。GEOという技術・現象そのものは中立です。それをどう位置づけるかは、使う組織の性質によって変わるはずです。

この気づきは、Genviewが今後、行政や公的機関に近い性質を持つ顧客と話すときの前提を変えるかもしれません。「選ばれるため」ではなく「正しく届けるため」という言葉の方が、ずっと的確な場合があるはずです。

まとめ

  • 行政機関のGEOには「競合に勝つ」という動機が存在しない
  • AIに正しく引用されないことは、企業では機会損失、行政では市民への実害につながる
  • GEOには「競争優位のための施策」と「情報アクセスを守るための責任」という2つの性質が混ざっている
  • 「GEO=マーケティング」という前提は、後者の性質を持つ組織には的外れな場合がある

この記事を書きながら、日本の行政機関がGEOにどれだけ対応しているのか調べてみましたが、公表されている取り組み事例はほとんど見つかりませんでした。おそらくまだ「そういう課題がある」という認識自体が広がっていないのだと思います。もし本当に最初の一歩が「市民が本当に困っている手続きページを1つ選んで、ChatGPTに聞いてみる」ことだとしたら、これは特別な予算も専門知識もいらない話です。どこかの自治体がこれを最初にやったら、それだけで記事になるのではないかと思っています。